DISCOVER online

    

2017/2/13 UPDATE

  • Interview

250人を束ねるプロジェクトでは地道なコミュニケーションが最大の鍵――ニッセイ情報テクノロジー株式会社

現代の日本では、情報システムは企業に欠かせない存在だ。その情報システムを、クライアントの要望や課題を解決すべく構築するのが「ニッセイ情報テクノロジー」のようなソリューションベンダーだ。システムが大規模になるほど多くの日数と人員が必要となり、それらを束ねるプロジェクトリーダーの手腕がプロジェクトの成功を左右することになる。ひとくちに「情報システムといっても、扱うものはさまざま。なかで も業務の中核を担うのが「基幹システム」だ。これがなければ、企業の業務は成り立たない。さらに、その土台となるのが「システム基盤。一般のユーザーから見えることはあまりないが、企業の根幹を成すと言っていい。三輪浦亮太氏は、基幹システム基盤のリニューアルプロジェクトで、実際の役職以上の職位であるプロジェクトマネジャー(以下PM)に就任。2年の間に、外部のリソースも含め約250人を束ねる大規模プロジェクトだ。


[ PROFILE ]

三輪浦亮太(みわうらりょうた)
1985年生まれ。大学時代には環境情報学部で環境保護を専攻。研究テーマは「熱帯雨林の保護」。2009 年にニッセイ情報テクノロジー株式会社へ入社。約 3カ月の研修後、基盤ソリューション事業部へ配属 となり、Java開発を経験。翌年の2010年にプロ ジェクトリーダー、2012年に複数のプロジェクトを統括するプロジェクトマネジャー補佐、2014年には、実際の役職以上の職位であるプロジェクトマネジャーを任された。


初めてのプロジェクトで当初は試行錯誤の日々

三輪浦氏が初めてのPMを担当したのは、クライアントである日本生命の基幹システム基盤。他社製品をベースに自社のアプリケーションを搭載する既存システムだが、他社製品のリニューアルに合わせて全アプリケーションがリニューアルを余儀なくされた。

規模にしてサーバー数十台、アプリケーション数は約二千だという。また、センターの移動、つまり引っ越しも伴うものだった。「他社製品はリニューアルするものの、アプリケーションの機能は現行踏襲というお客様からの要望がありました。つまり、実装の中身は変わっても、使える機能や使い勝手はそのまま、ということ。アプリケーション開発者の立場になってみると、新しさや珍しさがないため、モチベーションが湧きにくいとも言えます。それなのに、やることは膨大にあります。事業部を越えて、メンバーの志気を高めていかなくてはなりません。モチベーションが高まらないと、本プロジェクトになかなか時間を割いてくれなくなります。結果、プロジェクトが遅延し、失敗してしまうかもしれません。若手で無名な私が、メンバーの志気を高めることが一番難しい部分だったと思います」

クライアントが既に使っているシステムであり、かつ大規模。失敗は絶対に許されない。PM就任当初、推薦してくれた上司から「好きなようにやっていい」と言われ、円滑に進める方法をとにかくいろいろと考えたという。「関連する部署が多岐に渡り、東京と大阪に拠点がありました。そこで、関連する部署の上位層に『10分でもいいから時間をください』と交渉し、何度も大阪へ。『自分にとって初めてのPMで、かつ絶対に失敗ができない』という意気込みとともに『あなたたちの力が絶対に必要だから、ぜひ協力して欲しい』というオファーを伝えました。大阪だけで10人以上の方に合いましたが、最初の数人で手応えを感じたのを覚えています」

各部署のトップと信頼関係を築いたことで、その部下であるメンバーもプロジェクトの大切さを理解し、協力的になってくれた。

発想を転換しメンバーを流動させる

メンバー同士のコミュニケーションにも秘策を投じた。「弊社の執行役員の言葉である『発想の転換』を意識し、自身でも常々、「今を当たり前と思わずにより良くしていくこと」を考えていた。ハードウェアやフレームワークを担当するインフラと、アプリケーション開発をする部署間でなかなか意思疎通ができていないのが課題だったのです。そこで、インフラメンバー10名ほどを、重要度の高いアプリケーションの各部署に派遣しました。そこでアプリケーションの開発を手伝いつつ、インフラとの橋渡しの役目をしてもらいました。すると、お互いの立場が理解できるようになりました」

部署間で人を派遣するのは前例がなく、大きなチャレンジだったが、非常にうまく機能しているという。

ところがPMが見るべきは、プロジェクトメンバーだけではない。クライアント(顧客)との関係構築も重要な任務だ。「お客様との間には慣習的に役割が決まっており、『ここまではやるが、ここからはやらない』という線引きがお互いにありました。ところが、境界の部分がどうしても抜け落ちてしまうリスクがあります。同時に、境界の部分の押し付け合いもしばしばあり、本質的な議論ができないシーンが多くありました。そこで、お客様のオフィスには頻繁に顔を出し、プロジェクトの状況を報告。現在抱えている課題を相談するなど、着実な信頼関係を構築することで、互いに抜け落ちる部分をのりしろのように埋めていくことができる関係性を築くことができました。

メンバーが所属する部署の上位層や顧客、加えてメンバー同士の風通しをよくすることで、面白いように溝が埋まり、プロジェクト全体がまとまって効率よく進んでいく。よい人間関係を構築しながらプロジェクトを進められたことは、三輪浦氏にとって大きな自信と喜びになっていった。

もちろん、コミュニケーションだけに気を配っていたわけではない。プロジェクト成功のために重要なものは、技術的な知識や経験だ。その部分をメンバーに任せきりというわけにはいかないはずだ。「入社後1年間のJava開発経験がありましたが、以降はリーダー的立場が主となっています。実地経験が乏しいにもかかわらず、ネットワークやサーバーなど、自分に経験のない分野もマネジメントしなくてはなりません。それらは私にとってのブラックボックスとなっており、管理するにも視点が掴めず、大きな悩みでもありました。そこで、プロジェクト立ち上げタイミングで行なった計画策定に各分野のエキスパートたちを招集したのです。計画段階から参画してもらうことで、実現可能性が高い計画を立てることができたことに加え、知識が乏しい分野における、リスクや工夫できるポイントを明らかにすることができました。

これまでのやり方を踏襲するだけでなく、自らの工夫を取り入れていく。特にノウハウ化しづらいコミュニケーションや人材活用において、三輪浦氏の手腕は遺憾なく発揮されているのだ。

Java開発を経験し人を束ねる立場へ

高校時代には物理や化学など、理系の分野を学んできた三輪浦氏。大学ではもっと幅広い研究がしたいと、環境情報学部へ進んだ。大学時代に学んだITリテラシーの授業で、その難しさに驚いたという。

IT業界に飛び込んだら、社会的に優位になれるのではないかと直感した。他者が真似できないものが身につくのではないかという思いから、就職にはIT系の企業を考えた。「学生時代にバーテンダーのアルバイトをしていました。お客様から『こういう感じで作って欲しい』と言われ、オリジナルで作ることもしばしば。イメージを形にして届けることにやりがいがあり、喜んでいただけると嬉しかったのを覚えています。そんな自分の思いと、ITを紐付けて考えると、システム開発が魅力的に思えました。三社を受け、いずれも内定をいただいたのですが、自分の思いを伝えたとき『そういう人が欲しい』と強く言ってくれたのがニッセイ情報テクノロジーだったのです。

入社して約3カ月の研修を受けた後「基盤ソリューション事業部」を希望し、晴れて配属となった。「最初は右も左も分らず、修行のような日々でした。アプリケーションと基盤を繋ぐ、Java開発を担当していました」

その後、コミュニケーション能力を買われてプロジェクトリーダー(以下PL)へ。自分だけでなく、メンバーをまとめる役となった。

PLを数年経験した後、複数のプロジェクトを統括するPMの補佐として立ち回る経験をした。そして2014年より、冒頭で紹介したプロジェクトにPMとして就任した。

入社8年目。採用面接時に語った「ものを作って届けたい」という思いが形になったと実感しているという。

「これだけは譲れない」を持っていて欲しい

三輪浦氏は今後の展望についても、いくつか具体的に考えている。「弊社経営層からの全社へのメッセージのひとつである『まずは現業やりきる』ということを何より重要視しています。ですからまずは、今のプロジェクトを成功させること(取材当時)。また二年後の大規模プロジェクトにもPMとして関わることが決まっているので、その成功も見据えた下地作りを意識しています。
先のビジョンとしては、私を今の位置に引き上げてくれ、人としても非常に尊敬している所属長と同じ役職になりたい。将来、部署をそこのトップとして牽引していける人材になれたら、と考えています」「人」を大切にしている三輪浦氏は、学生の頃から、確固としたポリシーを持っていた。「人を傷つけたり見捨てたりしない、というポリシーをずっと大切にしてきました。これがあるから、今の様々な関係性を築くことができ、プロジェクトをここまで進めることができたので、今後も貫き通す自信があります。

これから就活をする学生も、何かひとつ『これだけは譲れない』というものを持っていたほうがいいと思います。他の同期に比べて優位に立てるのではないでしょうか」
ほかにも、就活中の学生にはチャレンジをして欲しいと語る。「学生の頃に学ぶことは、就職した後の仕事となかなか直結しません。働いて通用するのか、不安もあると思います。業態にもよるとは思いますが、就職した先には先輩たちがいて、足りない部分を支えてくれるはずです。不安ばかり感じず、やりたいと思ったことに飛び込んでいけばいいのではないでしょうか」
三輪浦氏も、文系よりの学部を卒業し、情報システムの現場に飛び込んできたのだ。「弊社は、日本生命様を最大の顧客として十五年以上の実績を積んでいます。そこでの経験や知識を他の顧客にも展開し、高い評価を受けています。若手からの意見やトレンドを積極的に吸収し、システムの提案につなげていくことができる環境が整った、これからもますます発展していく企業であると感じています。

先進的なプロジェクトを進めながら、グループ外の他企業にも展開する力を磨く。三輪浦氏はそんな厳しくも恵まれた環境の中で、チャレンジと成長を続けていく。

LINEで就活相談 LINEで就活相談


オススメ記事