2015/12/22 UPDATE
- Interview
ワクワクできる未来に向かって――4000年ぶりの革新を生んだスマートロック「Akerun」創業者が語る“成功のカギ”
昨今ではスマートフォンやテレビなどの電器製品の分野において、韓国や中国企業の成長が著しい。日本の大企業がかつての輝きを失いつつある苦境の中、革新的なアイデアで世界に打って出た若手起業家がいる。世界初の後付け型スマートロック「Akerun」を開発し、SkypeやTwitterを見出した有名投資家からも認められた起業家、河瀬航大氏だ。
高校から大学まで環境問題にアプローチする研究に没頭するも、就職先はソーシャルメディアのコンサルティング会社を選んだ河瀬氏。そして現在は、4億円以上もの出資を受けるほどの企業の創業者となった。このユニークなキャリアパスに至った思考、そして世界からも認められた「Akerun」の開発秘話を伺った。
[ PROFILE ]
河瀬航大(かわせ・こうだい)
1988年生まれ。 2011年に筑波大学理工学群化学類を卒業し、株式会社ガイアックス入社。ソーシャルメディアを活用したマーケティング事業に携わり、ネット選挙に関わる新規事業の事業責任者を経験。2014年9月世界初の後付型スマートロック「Akerun」 を提供する株式会社フォトシンスを立ち上げ、代表取締役に就任した。
株式会社フォトシンスHP:http://photosynth.co.jp/
世界初のイノベーションは“週末兼業”と“飲み屋の世間話”から生まれた
「家の鍵を失くして家に入れず、途方にくれたことってないですか?」――河瀬氏はこう問いかけながら、後付け型スマートロック「Akerun」がどのようなプロダクトなのか、丁寧に解説をしてくれた。
「Akerunはスマホ(スマートフォン)で開け閉めができる、後付け型のカギです。カギとスマホを無線で連動させて施錠・解錠をするので、Akerunを導入すれば家のカギを持ち歩く必要がなくなります。取り付けも手軽にできる上、LINEやFacebookでカギをシェアすることもできるので、一般家庭やオフィスでも気軽に使っていただけます。開け閉めの記録も残るので、防犯や勤怠管理にも活用できるんです」
今まで長い間“進化”することのなかったカギ――ここに着目して開発をスタートしたのは、一体どんなきっかけだったのだろうか。
「まだ会社に勤務していた頃、友人たちと趣味で“週末兼業”をするチームを作って、いろんなサービスの企画・開発をしていたんですね。そのメンバーと飲んでいた時、『彼女がカギを持って帰っちゃって、先に寝たので部屋に入れなかったんだ』『そう言えば、カギって4000年くらい前からほとんど変わってないよね。今時の技術を用いて、もっと便利にならないかな』みたいな話がふと出てきて。そこで、今まで何の疑問も持たずに使ってきたカギという仕組みに疑問をもって、ITを駆使して改良できないかと考えたのが出発点でした」
今や大きな市場を生み出しつつあるスマートロックの着想は、いつもの飲み仲間との何気ない会話にあったのだ。河瀬氏はそんな自身の経験から「常に未来を想像しながら“現在の当たり前”を疑うことが、新たしいものを生み出す第一歩」だと言う。
「誰でも一度は自分の未来を想像したことがありますよね。その想像上の未来の世界は、今より便利になっているはず。そこに足りないものは何か……ということを常に考えるんです。理系の学生ならば『自分の研究はどんな未来を実現できるのか』と考えることで、研究の質もモチベーションも上がると思います。私たちの場合は『カギって面倒だよね、顔や声帯の認証とかでドアが開いたらいいのに』と気付いたところがスタート地点で、『じゃあ、それを実現させるには……』と仲間たちと議論を重ねながらAkerunの構想を練っていきました」
小さな成功体験の積み重ねが、大きな飛躍への原動力になる
Akerunの開発は、河瀬氏を含む社会人6名(当時、平均年齢26歳)のメンバーで行った。2014年の初頭から、それぞれが本業のかたわらに試作品の制作に着手し、6月にプロトタイプが完成。さらに改良を続ける最中、同年7月に日経新聞で河瀬氏たちのプロジェクトが取り上げられる。すると、状況は一変した。発売時期も決定していないのに、河瀬氏たちのもとに問い合わせの連絡が殺到したのだ。
「あの時は本当に驚きました。『どこで買えるのか』という購入希望や、『ぜひ投資をしたい』というオファーがたくさん来たんですよ。起業家の堀江貴文さんや、ブロガーのイケダハヤトさんからも応援メッセージを頂けたりと、各方面から反響がものすごくて……嬉しい誤算でしたね」
この反響に後押しされる形で、河瀬氏は2014年9月に株式会社フォトシンスを設立し、それまで勤めていた株式会社ガイアックスを退職。本格的にAkerunの商品化に注力し始める。同年12月にはスタートアップ企業を支援するイベント「TechCrunch Tokyo 2014」での受賞を果たし、複数のベンチャーキャピタルから計4.7億円の出資を受け、Akerunの量産化の体制を整えている。現在はホテルや不動産分野との協業が進み、これまで従業員の同伴が不可欠だったチェックインや内覧のカギの受け渡しを自動化するなど、BtoBのビジネスも幅広く展開している。
起業してから目まぐるしいスピードで、サービスを軌道に乗せた河瀬氏。激動の1年を振り返りつつ、開発が成功にいたった理由を次のように分析する。
「小さな成功体験を積み重ねたことが大きかったですね。Akerunを作る以前にも、毎回ゴールを決めて、計10以上のサービスを開発していました。“利益を上げること”を目的にした保険代理店のウェブサイトや、“とにかくバズらせること”を目的にしたキュレーションアプリなど、定めるゴールによって作るものはまったく違うものになっていましたね。自分たちの肌感覚で『こうすれば売上を稼げる』『こうすればバズる』といった経験則を積んでいったのが、最終的にすべてAkerunの開発に活かされてうまくいったんだと感じています」
河瀬氏らのチームは、さまざまなサービスやアプリを作るルーティーンの中で、自分たちの開発の成功法則を見出した。それは「ワクワクすることに取り組む」という、シンプルなルールだった。
「実は、先ほど話した“利益”や“バズ”をゴールにしたプロジェクトは、あんまり楽しくなかったんですよ(笑)。一方で、自分たちの“モチベーション”が先行するプロジェクトは、楽しいしスピード感もあったんですね。それで、ある時に“みんながワクワクできるものを作ること”を目標にしました。そこで立ち上がったのが、このAkerunのプロジェクトなんです。結果論にはなってしまいますが、自分たちが一番ワクワクできるアイデアこそ、世の中を驚かせるような可能性を秘めているんだと思います」
マングローブに抱かれて……好きとワクワクに囲まれて育った“理科オタク”少年
ワクワクすることに没頭し、未来を切り開く――河瀬氏がモットーにしているこの考え方は、彼が少年時代から一貫していた。幼少期を鹿児島県の種子島で過ごした河瀬氏の遊び場は、ワクワクがいっぱい詰まった大自然だった。
「理科の教師だった親の影響もあって、幼少期の私は理科が大好きな“研究オタク”の少年でした。周りは自然に恵まれていて、近所には有名なマングローブの自生地があったんです。年がら年中、遊びながらマングローブの観察ばかりしていましたよ。水中に潜っている根っこはタコ足状になっていて、そこにはたくさんの動植物が共存していて、そのデリケートな生体系のバランスに1人で感動していたりして……ホントに、一日中ずっと眺めていても飽きなかったですね(笑)。その観察結果をまとめて自由研究で提出して、コンクールで賞をもらったこともありました。好きなことを続けただけで周りから褒めてもらえた経験は、今の好奇心や探究心の原動力になっているのかもしれません」
その後も大好きな理科の勉強を続けながら、健やかに成長した河瀬氏。大人に近づくにつれ、慣れ親しんだ海やマングローブが、環境破壊によって失われつつある現実を知ることとなる。この状況をなんとかして変えたい、自分を育ててくれた遊び場を守りたい……この思いを胸に刻みつけ、河瀬氏は自らの進路を選んできた。
「高校時代には、『自分の得意な化学の力で環境問題を解決したい』と考えるようになっていました。化学部を立ち上げて論文を書いたり、大学の研究室にお邪魔してアドバイスを伺ったりと、当時思いつく限りのアプローチを懸命にしていたんです。大学を選ぶ際には『もっと広い視野を持って環境問題に取り組みたい』という思いから、故郷を出る決断をしました」
研究で募る不安、発想の転換が生まれたサークルでの活動
筑波大学に進学した河瀬氏は、環境問題への効果的なアプローチを模索するべく、さまざまな学問領域に触れながら見識を深めていった。しかし、その中で同氏はこんな疑問を抱いたのだと言う。
「どんな研究分野にも優秀な先行研究者がいて、彼らも仮説検証を繰り返しながら、手探りでアプローチをしています。いつになったら成果が出るのか、先の見えない研究も少なくありません。はたして自分がそんな世界で活躍できるのか……漠然とした不安を感じるようになって。そこから少しずつ、科学とは別の切り口でも環境問題にアプローチできないかを模索し始めたんです」
先の見通しが効かない危機感から、河瀬氏は学外に目を向けた。「環境×政治」「環境×ビジネス」など、さまざまなキーワードでネット検索をしたところ、とある学生団体がヒットする。この出合いが、その後の河瀬氏の考えを大きく変えることとなった。
「いろいろと調べた結果、『em factry』という学生団体に入ることに。ここは、環境に配慮した事業案を考えるビジネスコンテストを主催する団体でした。このサークルに入るまで、私は“環境問題の解決”と“利益を生むビジネス”は相反するものだと考えていて、『環境問題を解決できるのは、基礎研究に裏打ちされた化学の力だけだ』という思い込みすらありました。でも、この団体の活動の中で勉強するうちに、発想が根本から変わったんです。化学の基礎研究を追求するよりも、環境問題に貢献できるビジネスを生み出して成長させていくことの方が、自分に向いているんじゃないか……って」
やりたいことを、将来的にどう実現するか
理系学部で研究をしていた学生の多くは、メーカーなどでの研究職を希望することが多い。しかし河瀬氏はまったくの畑違いな、ソーシャルメディアのコンサルティング会社であるガイアックスを就職先に選んだ。
「環境省を含む官公庁向けのコンサルティングファームや、環境問題に取り組む大企業からの内定も頂いていたんですが、最終的には辞退しました。そういった会社でも、入社後の配属によっては希望する事業に携われないかもしれない……そこから『やりたいことは、将来的に自分で起業をしてやればいい』と考えるようになったんです。だから、起業する力を養うために、ビジネススキルの高い優秀な社員が数多く働いているガイアックスを就職先に選びました。先日マザーズに上場したAppBank株式会社の村井さんやピクスタ株式会社の古俣さんなど、ガイアックスを退職して起業する方も多く、その点にも魅力を感じましたね」
さらに、河瀬氏は“ソーシャルメディア”というツールそのものに対しても、大きな関心を寄せていたそうだ。
「ソーシャルメディアは環境問題の解決に向けて、効果的に働く可能性を秘めています。環境破壊には被害者と加害者がいる。その双方をつなげ、共感を生むことが、環境破壊を止めることにつながるはずなんです。ソーシャルメディアがない時代は『テレビの向こうの他人事』だったのが、『同じ世界で起こっている自分事』に見えるようになった。これは社会的に重要な変化だと思っています」
ガイアックス入社した河瀬氏は、ソーシャルメディアに関わる新規事業の立ち上げに取り組んだ。2013年にはインターネット選挙運動の解禁に合わせて、ソーシャルメディアをネット選挙に活かす事業に着手し、世間の注目と好評を集めた。一方でプライベートの時間をフル活用し、前述に紹介した種々のサービス開発に没頭。その中でAkerunが生まれ、これが契機となって3年半勤めた会社を退職。フォトシンスを立ち上げて、現在の活躍に至る。
決断のキーポイントは「ワクワクできて、勝てる道を見つけること」
紆余曲折のキャリアを持つ河瀬氏に「人生の岐路に立った時、考えるべきことは何か」と尋ねてみた。同氏は少し考えこんだ後に、こう答えてくれた。
「かっこいい言葉ではありませんが、『その道で勝てるかどうか』を常に考えます。まずは自分がその道に突き進む意欲や適正があるのか。自分がワクワクできることに没頭するのが、成功への一番の近道のはずです。そして、『選ぶ道の先にどれだけの可能性があるのか』も重要です。私の場合、大学で放射線の研究をしている時に、この分野で第一人者になるのは難しいと考えたんです。そこで視点を変えて“環境×ビジネス”という切り口を選びました。ソーシャルメディアの専門家が多いガイアックスでは、“ソーシャルメディア×政治”を切り口にして差別化を図った。ワクワクできる、そして勝てる切り口を考えて将来のビジョンを描く。そのビジョンに続く道が見えたら……後はガムシャラに突き進むだけですね」
会社の立ち上げから約1年が経った今、フォトシンスは日本でのビジネス領域を広げるのみならず、将来的には海外への事業拡大も視野に入れている。河瀬氏がAkerunを通して見すえている未来とは、一体どんな世界なのか。
「Akerunは、モノとインターネットをつなぐ“IoT(Internet of Things)”分野の製品です。インターネットにはまだまだ可能性があるはず。近い将来には、もっとモノとモノが有機的に結びついて、さらにはモノと人もつながっていって、どんどん便利な世の中になっていく。そこには必ず、大きなビジネスチャンスがある。まだ想像するのは難しいかもしれないですが……たとえば、動物や植物と人間が何らかの技術でつながることができたら、もっと面白いことが起こせるし、環境問題の解決にも役立つんじゃないかと。個人的には、そうしたワクワクできるモノを生み出して、ワクワクできる未来を自ら作っていきたいと思っています」
常にワクワクできる“未来”を想像しながら、前を見すえて事業を推し進める河瀬氏。理想と現実を折衷し、そのド真ん中を楽しみながら切り開いていく同氏は、今後も私たちが驚くような“明日”への扉を開くカギを、創造し続けてくれるだろう。
(取材・文/森祐介)
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