2016/1/25 UPDATE
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キャリアを描くのに必要なのは「ミッション・好奇心・遊び心」 ――ソニーの新規事業プロジェクトリーダーが語った理系の未来
2015年、ソニーから誕生したコミュニケーションツール「MESH」の登場が大きな話題となった。ソニーの新規事業創出部から生まれ、アメリカのクラウドファンディングサイト「Indiegogo」にプロジェクトを掲載し出荷されたプロダクトだ。
「新しいものを生み出す仕事がしたかった」――そう語るのは、このプロジェクトの共同創立者であり、リーダーを務める萩原丈博氏だ。同氏はどのような経緯から「MESH」を発案し、プロジェクトを立ち上げることになったのだろうか。
[ PROFILE ]
萩原丈博(はぎわら・たけひろ)
1978年、神奈川県生まれ。学生時代にコンピュータサイエンスとアートやデザインの分野に興味を持ち、インターネットを活用したメディアアート制作活動を精力的に行う。2003年、ソニー株式会社に入社。ソニースタイル(現 ソニーストア)、So-netなどネットワークサービスの設計開発やサービス企画に従事。2011年から1年間、スタンフォード大学訪問研究員として、米国・西海岸シリコンバレーに滞在。2012年、ソニー研究開発組織にて社内スタートアップ「MESH project」を仲間と共同で立ち上げ、プロジェクトリーダーに就任。2014年4月に設立された新規事業創出部にて事業準備を進める。現在、新規事業創出部 I事業室 統括課長。
ユーザーに使ってもらえるプロダクトを作りたい
初めに「MESHとは一体どんなプロダクトなのか」と伺ってみると、萩原氏は実物を取り出して実演しながら説明をしてくれた。
「MESHは小さなブロック形状のタグを組み合わせることで、様々な動作を可能にするサービスです。加速度センサー、ボタン、GPIO 、LEDの4種類のタグを使って、iPadアプリ『MESH Canvas』で各タグの連携や動作を設定すると、様々な動きを作り出すことができます」
何か動作の設定をするために、ユーザーがコードを書く必要はなく、直感的にプログラミングができるようになっている。タグはカラフルで可愛らしいデザインをしており、「MESH Canvas」を操作すると心地良いサウンドを聞きながら、動作を設定していくことができる。
電子工作とプログラミングの双方の要素を兼ね備えながら、子どもでも簡単に体験できるMESH。萩原氏はこのプロダクトを使ったワークショップも開催しており、子どもや親子での参加も多いと話す。
「子どもがMESHを通じて作り出すものはユニークなものが多いです。たとえば、モップに動きセンサーを付け、ブラシにモーターを付けて、モップで掃除をするとブラシが動いて応援してくれるような仕組みを作り出した子どももいました。子どもの他にも、親子連れ、シニアの方や20代の方がカップルで参加していたりもします。子どもからシニアまで、老若男女参加しているのは面白いですよね」
MESHをユーザーがどう使ってくれているか。ユーザーの様子を楽しそうに話してくれる萩原氏。MESHはモノを作るという体験を通じて、年齢や性別を越えてコミュニケーションを生み出している。
「多くの人が『こういうのがあったら面白いんじゃないか』というアイデアは持っているんです。ただ、アイデアを実現させるためのツールは簡単なものになってはおらず、技術的なハードルがある。MESHは、誰でも使えるようなものを作ろうと考えて開発しました」
新しいものを生み出すことに取り組みたいから選んだ仕事
萩原氏は、以前の職場ではアルゴリズムの開発を担当していた。ソフトウェアの開発が自らの専門である萩原氏が、どういった経緯でハードウェアの開発へと至ったのだろうか。そのキャリアの始まりは、学生時代までさかのぼる。
「学生時代は、学部、大学院とともにメディアアートを専攻していました。技術とアートを組み合わせて、新しいものを生み出すことに取り組んでいたんです。『新しいものを作りたい』という思いが強く、AIBOやPlayStation®など新しいものを次々と生み出してきたソニーであれば、新しいことができるのではないか……そう考えてソニーに入社しました」
萩原氏がソニーに入社して最初に担当したのは、「ソニースタイル(現・ソニーストア)」というサービスのシステムエンジニア。ここで萩原氏は商業的なエンジニアリングの基礎を学んだ。さらにサービス運営について学びたいと考えた同氏は、So-netへと活動の場を移す。
So-netではエンジニアとしてではなく、サービスの運営サイドの仕事に従事した。カスタマーサポートや、ユーザーの要望を受けてのサイト改善などのサービス運営の経験は、MESHの開発にも活きていると萩原氏は言う。そして、日々サービス運営に関わっていた同氏に、ある日転機となる出来事が訪れる。シリコンバレーへの留学だ。
シリコンバレーで経験したオープンなモノづくり
ソニー社内には公募留学制度があり、萩原氏もこの制度に応募。シリコンバレーにあるスタンフォード大学に1年間留学した。
「毎年、海外へ留学に行ける枠が用意されていて、どこの大学に行くかは個人が選べるようになっています。私は、元々研究でアルゴリズムの開発をやっていましたが、ユーザーとの距離が遠いものでした。社内で研究するだけではなくて、ユーザーと一緒に開発を行ったり、大学が企業と連携して研究開発を行ったり……そういった取り組みがシリコンバレーでは盛んであるということを知り、その空気に触れてみたいと思いました。それが、留学先にスタンフォード大学を選んだ理由です」
日頃の業務では、ユーザーから得られたフィードバックが直接、研究開発の部署に伝えられるわけではない。そのことをSo-net時代にサービス運営を通じて感じていた萩原氏は、“ユーザーとの距離が近いサービス開発のあり方”のヒントを探しに、シリコンバレーの地を訪れた。「留学中の経験は刺激に満ちたものだった」と、萩原氏は当時のことを振り返る。
「シリコンバレーでは様々なことを体験しました。中でも、毎日のように開催されていたミートアップにはカルチャーショックを受けましたね。Javascriptや、IoT、ハードウェアなど、様々なテーマで日々ミートアップが開催されていて、デザイナーやエンジニア、起業家など、多様な人が交流していました。シリコンバレーのオープンなモノづくりの姿勢や、イノベーションの生み出し方に影響を受け、『日本に戻ったら、自分も何か新しいことができないか』と考えるようになりました」
開発欲に火がついた萩原氏は、日々生活する中で発見するアイデアを形にしていくような、ちょっとした便利ツールを作りたいと考えるようになった。ソフトウェアエンジニアだった萩原氏は、アイデアを紙に落とすペーパープロトタイピングを重ねながら、少しずつアイデアを具体的なものにしていった。
新規事業創造の部署での日々
帰国した萩原氏は、研究開発部門内の新しいビジネスになりそうなアイデアを探る部署へと希望して異動する。ここで「MESH」の事業アイデアの原型となるプロトタイプ開発に取り組み始める。
「コンセプトを言葉で説明していても、なかなか相手に伝えることは難しいので、プロトタイプの開発に取り組みました。ハードウェアは私の専門分野ではなかったので、苦労しましたね。ただ、周囲にはハードウェアを専門とする優秀な人たちがいたので、話を聞きながら少しずつ形にしていきました。開発したプロトタイプを子どもに渡してみたら、勝手に怪獣ごっこをしたりして遊び始めたんです。プロトタイプがあれば、こちらからの説明がなくても子どもでも使うことができる。説明なしに使うことができるというのは、実物があることの価値ですね」
プロトタイプを開発した後は、ユーザーテストを兼ねながらワークショップを開発していった。Maker Faireなどのイベントへの出展も精力的に行い、実際にMESHを手にとってもらえるような機会を繰り返し設けた。その結果、ユーザーからの「使ってみたい」という声が少しずつ増えていった。
「もっとユーザーとの距離を縮めてハードウェアを作っていきたい」――そう考えた萩原氏は、クラウドファンディングサイト「Indiegogo」にプロジェクトを掲載し、ユーザーからのフィードバックと支援を募った。クラウドファンディングを通じて、「MESH」は約6万5千米ドルの支援を集めることに成功した。
「クラウドファンディングを実施して、製品を出荷した後に、自然とユーザーグループが立ち上がったんです。そこでユーザーの人たちが自由に使い方をシェアして、プロダクトの改善点なども投稿していました。ワークショップで得られるものとは違う、そのまま生活に使えそうなアイデアもたくさん投稿されていました。私たちの手を離れて、ユーザーがアイデアを投稿しあう状態を見るのは楽しかったですね」
多くのユーザーが楽しんで使っている「MESH」が生まれた背景に、ソニーという大きな組織の存在は無視できない。「MESH」は、SAP(Seeds Acceleration Program)と呼ばれるCEOが直轄する新規事業創出プログラムの一環として、知財や法務、調達など事業を加速するチームの支援を受けている。モノづくりをしていく上で、こうした支援を受けられることは非常に大きい。
「プロダクトをどう使ってもらいたいか」が重要
ユーザーの数が増えるにしたがって、少しずつ「MESH」に関わる人の数も増えてきている。“チームとしてどうマネジメントしていくか”ということも、リーダーを務める萩原氏にとって重要なタスクである。
「プロジェクトの途中から参加するメンバーも増えてきたので、キャッチアップするための情報共有を丁寧に行うことを意識しています。特に、ユーザーに『MESH』というプロダクトをどう捉えてもらいたいのか、どう使ってもらっているのかということは、特に重点的に共有するようにしています。ユーザーにどう接して欲しいかによって、展示の仕方なども変わってくるので」
少しずつ規模が大きくなってきている「MESH」。萩原氏は「MESH」を次のステージにもっていきたいと考えている。
「今は、『MESH』を成功させたいということだけ考えています。事業が継続させられないと、今『MESH』を使ってくれている人に迷惑がかかってしまう。そうならないように、事業を成功させたい。正直、その先はあまり考えていないです(笑)」
ソフトウェアエンジニアからキャリアがスタートし、現在は新規事業としてハードウェアの開発にも取り組んでいる萩原氏は、自分のキャリアについてどのように考えているのだろうか。
「私は、自分がエンジニアなのかどうかも、よくわからないんですよね。もしかしたら、自分にとって職業の定義は重要じゃないのかもしれません。今は、いろんな人と出会って、学びながら活動しています。そうした日々を過ごしていると『MESH』が始まったときのように、また心躍るような機会に巡りあうのではないか……そんなことを考えていますね。とにかく『MESH』を成功させることが、今の自分のミッションです」
これからエンジニアを目指す学生へ
これから先エンジニアを目指す人間は、どのようにキャリアを描くべきなのだろうか。様々な経験を経てきた萩原氏は、今では自身がエンジニアかどうかは不明だという。仮に、同氏が今からエンジニアとしてキャリアを描くとしたら、どのようなアプローチをとるのだろう。
「仮にエンジニアとしてこれからのキャリアをデザインするとしたら、何かしら専門分野で突き抜けていくことは重視すると思います。そして、専門性の深さに加えて、大切になるのは対応できることの幅広さです」
何かの課題を解決するために、多様なアプローチが可能なエンジニアは頼りになる。事業責任者としてプロジェクトをけん引する立場にある萩原氏は、そう語る。
「事業をつくる側の人間としては、アイデアをすぐカタチにしてくれるエンジニアの存在はとても頼りになります。そして、そういう人は決まって引き出しがたくさんある。技術の深掘りと引き出しの多さは、エンジニアを志す人にとって重要なことだと思います」
特定の専門分野で突き抜けつつ、幅広い知識を持つ。エンジニア版のT字型人材とでも言うべき人材が、この先価値を発揮する。だが、專門とする分野や注力する領域はどのように選んでいけば良いのだろうか。
変化が激しい時代、「自分が貢献できることは何か」が重要になる
技術の変化が激しくなっている現在、自分で自分の適性を判断するのはなかなか難しい。萩原氏は仕事の向き不向きを考える上で「自分がどんなことに貢献できるのかを見つけることが重要」だと語る。
「自分が社会に対して、どのように貢献していくことができるのか。それを常に意識していると、社会の変化に合わせて自然と自分も変化していくことができると思います。シリコンバレーでは転職することは当然で、突然リストラされることも珍しくありません。安定しているとは言いがたい職場環境の中で、みんな『自分が会社に、社会に貢献できることは何か』と考え、それを行動に移すことが当たり前になっている。自分のミッションがあれば、仕事をしていく上で大変なことがあったとしても、乗り越えていけます」
萩原氏がシリコンバレーで様々な発見をしたように、新しい環境に身を置き、発見をしていくことも重要だという。
「自分のミッションを見つけることに加えて、好奇心を持つことはとても重要ですね。イノベーションは既存の技術やアイデアの掛けあわせによって生まれます。今、自分がやっていること以外にも関心を持って触れるようにする好奇心と、未知を楽しむ遊び心が、新しい何かを生み出していくためには大切ですよね」
「Creative Lounge」で社内外の人と交流したり、「品モノラボ」と呼ばれる社外のモノづくりコミュニティの運営に関わったりと、様々な人と積極的に接点を持つように意識してきたそうだ。そこから得られた学びも大きいと言う。
(取材・文/モリ ジュンヤ)
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