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2016/1/25 UPDATE

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文理の境界を飛び越えたマルチクリエイターが語る「理系の強みとプレゼンテーションの重要性」

幼い頃に抽象画を見て、アートデザインに興味を持ち、のちに有名写真家に師事。大学では建築を専攻しながら、エンジニアとタッグを組んで作ったプロダクトで多数の受賞歴を持つ。そして就職先は広告会社のコピーライター……多方面で活躍を続ける高橋良爾氏は、どのようモチベーションでこれらの活動に臨んでいるのか。また、どのような思考プロセスを経て、理系分野からコピーライターへの就職を選んだのか。脈絡のないように見えるマルチな活動を支える軸とは————。


[ PROFILE ]

高橋良爾(たかはし・りょうじ)

1990年長崎県生まれ。高校のころに本格的に写真を始め、写真家・東松照明氏に師事。早稲田大学に入学後は、建築・設計を学ぶかたわら、個人での写真・デザイン活動を継続。2011年2月に、エンジニア田中章愛氏とデザインプロジェクト「VITRO」を結成。照明装置「Dew」や、えんぴつの万歩計「Trace」などを発表。写真分野では、2012年4月にニューヨークのギャラリーで個展を開催、2013年に国際見本市、ミラノサローネサテリテ出展など。写真、建築、デザイン分野それぞれでグッドデザイン賞ほか受賞歴多数。2015年4月に博報堂に入社し、現在はコピーライターとして働いている。


突き詰めていけば、エンジニアリングとデザインに境目はない

建築分野、プロダクト分野でも受賞歴を多数持ち、写真家としてはニューヨークで個展を開き、デザイナーとしては、ミラノサローネの出展経験もある……多彩なクリエイティビティを発揮している高橋氏が最もコアな活動として位置づけているのが、デザインプロジェクト「VITRO」だ。デザイナーである高橋氏と、エンジニアである田中章愛(たなか・あきちか)氏がタッグを組み、独創的なものづくりを手がけている。これまでに、水滴とLEDの光を組み合わせて“儚さ”を演出する照明装置「Dew」や、極限まで小さく設計した電子基板装置「8pino」などを発表してきた。このプロジェクトの狙いを尋ねると、高橋氏は無邪気に「何か面白いものを作りたかっただけなんです」と答えてくれた。

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「大学では建築を専攻していたんですが、模型を作ることは何度もあっても、当然、建築そのものを作る機会はなかったんです。課題では、設計図を書いて、模型をつくって、写真を取って、プレゼンテーションをしておしまい……ここで完結してしまうから、実物を作るという行為とは距離があるんですよね。そんな世界にいたからか、『自分の手で“ものづくり”を作りたい』という欲求が日に日に強くなったんです」

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そんな思いが積み重なっていた大学1年の冬。知り合いのデザイナーを介して、エンジニアの田中氏と出会った。長年、ロボットエンジニアリングに携わっていた田中氏も、自分の研究がなかなか製品化に結びつかず、『“ものづくり”ができない』というストレスを抱えていたのだ。“ものづくり”に向かう創作意欲がピタリと重なってVITROが生まれ、2人はさまざまなプロダクト制作に着手するようになる。
照明装置や電子基板など、毎回まったく趣向の異なるアウトプットを生み出すVITRO。高橋氏らは、どのようなプロセスを経て思考を形にしているのだろうか。
「最初の頃は、僕の抽象的なアイデアからスタートして、田中が技術的に落としこんでいくという方法を採っていました。けれども最近では、彼が興味を持っている技術に対して、僕がその使い方を考えていくという逆の流れも試しています」
前者のプロセスで生まれたプロダクトは「Dew」であり、デザイナーにウケが良い。後者のプロセスで作られたのが「8pino」で、こちらはエンジニアからの評価が高いと言う。着想の順番は異なるものの、VITROが生み出すプロダクトには共通の思いが込められていると、高橋氏は語る。
「ちょっと抽象的な表現なのですが、何を作っていても“既存のものとは違うカテゴリー”を目指したいと思っています。そのためには、分野などの境界を取っ払う必要があると感じていて。最近では、エンジニアでデザインもできる人が増えています。この事実はエンジニアが技術を突き詰めていくと、必然的にデザインの領域にも触れることを示唆していると思います。その逆もしかりで、いいデザインを突き詰めていく上でも技術的な問題を無視することはできません。だからある意味『エンジニアリングとデザインに境界線はない』と感じます。VITROではそういう自分の役割にこだわらず、実験してみようという思いを持って制作に取り組んでいます」

“リーンスタートアップ”をいち早く体現していたプロジェクト活動

「リーンスタートアップ」――シリコンバレーから始まった“最低限の製品やサービス、試作品を作って顧客の反応を見ること”を重要視する新しい起業のスタイルだ。このやり方には「早く安く、一部の人にしかニーズがないものでもミニマムに商品化できる」というメリットがある。VITROの製品化プロセスはリーンスタートアップの手法を踏襲したものだったが、高橋氏は活動を始めた当初、この言葉の存在も知らなかったと言う。
「最近はクラウドファウンディングなどを使って『売れるかわかんないけど試しに作ってみよう』といった、リーンスタートアップ的なやり方をする人たちが増えてますよね。VITROの場合は、田中が以前からリーンスタートアップについての勉強をしていたらしく、僕と組む時にはそれを実践してみようと思っていたようです。僕は『作りたいから作ってみよう!』とあまり考えずに走り出すタイプだったから、田中と相性がよかったのかもしれません。VITROで作ったプロダクトを展示会に出してみたら意外と高い評価をいただけたり、想像以上にお客様に買ってもらえたりもして……この経験から、『とりあえずやってみること』『いろんなフィードバックを得る』ことの重要性に気づきました」

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高橋氏の活動の根本にある“ものづくりの喜び”をこう語ってくれた。
「ものができあがって『これはいい作品だ』と実感できるとすごく嬉しいです。「Dew」の時はプロダクトが完成する前の実験段階で『水滴とLEDが組み合わさるとこんなにキレイになるのか』って気づいた瞬間、とても感動しましたね。「8pino」の時は、実際にお客様に商品をお渡しして喜んでもらえた顔を見て『作ってよかったな』と実感しました。また、田中と一緒に制作をすることを通して『自分が技術的に成長している』と感じられることも楽しいです」

「常に変化を感じていたい」という思いで、文系のフィールドに就職

デザイナー、写真家、建築……多岐にわたる分野の活動に力を入れ、そのすべてで目に見える実績を残している高橋氏。「なぜ一本に絞らないのか」と尋ねてみると、30秒ほど考え込んだのちに「常に自分の変化を感じていたいから」とつぶやいた。
「今までとは違ったフィールドに飛び込んでみたり、新しい技術を試してみたり、他人と協業してみたり……そうやって、常に変化をすることを心がけているんです。僕はどの活動でもよく展示会に出るようにしています。それは、いろんな人たちからの感想やフィードバックが欲しいからなんですよね。時には辛辣なご意見もあって耳が痛くなることもありますが(笑)、開かれた場でもらえる専門外の人の意見は想像以上に参考になるし、新しいアイデアの種になることも多いんですよ」

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建築関係やメーカーなど数多くの“適職”と思われる道を避け、彼が就職先として選んだのは……まったくの門外漢である広告会社だった。
「先輩たちの話を聞いたり、会社訪問をしたりするうちに気づいたんですが、僕は、異なるバックグラウンドを持った人と関わり、自分の価値観を広げることがきっと好きなんです。僕は “総合大学”のような、さまざまなタイプの人が集まっていて、いろんなことに挑戦できる環境に就職したいと考えました。それから会社探しを続けて、最も総合大学のイメージに近いなと感じたのが、今の勤め先でした」

2015年4月、高橋氏は博報堂に入社し、現在はコピーライターとして業務に携わっている。企業の新ブランドのネーミングやサービス販売促進プランの立案、社会的貢献活動の企画などを行う。
さらに高橋氏は、プライベートで会社の同期と新たに“ものづくり”を企てている。結成したプロジェクトチームの名前は「void setup()」。プログラミング用語で“初期設定”を意味するこのネーミングには、『常にフラットな感覚で新しいものを生み出していこう』という意志が込められているとのこと。10月に開催される省エネ×アートのイベント「スマートイルミネーション横浜2015」で、void setup()が制作したプロダクトの展示が決まっている。

文系のフィールドでこそ光る、理系的な思考

これまでの経歴とはほぼ無縁と言える“コピーライター”になった高橋氏。同期のコピーライターは全員が文系学部の出身だそうだ。
「興味関心の領域がまったく違うことに驚いています。僕は今まで、いわゆるポップカルチャーにはほとんど縁がなかったので、周りからは『え、フェス行ったことないの?』などと驚かれることも多いです(笑)。あと、彼らと話していると語彙の豊富さに感心してしまいます。自分の話が長くて面白くないように思えてしまって……最近ちょっと悩んでいます(笑)」

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周りに理系の人間が多くはない環境に戸惑いを覚えることも多いと話す高橋氏。一方で、文系カルチャーが色濃く漂う職場だからこそ、理系的なセンスが重宝されることもある。
「僕は同期のなかでは、ロジック寄りの頭のカタい人間だと思っています。主観的な解釈などを加えずに、自明の事実のみで話を組み立てたいと思う性格なんです。広告の世界では事実よりも解釈が重要視される場面が多いので、活躍できない場面も多いですが、時には僕の考え方が面白がられたり、新鮮なアイデアとして受け止められたりすることもあります」

高橋氏が建築学科で学んできたことは、今の文系色の強い仕事で活かせているのだろうか。意外にも、彼は「大学での経験は直接的に役に立っている」と大きくうなずいた。
「企画のプレゼンテーションをする際に、スライドを作る必要などが出てくると、自分の強みを感じます。大学では、イメージを自分の手で具現化する作業を散々やってきました。これは、文系にはない強みだなと思っています。先輩に話を聞いたんですが、実は建築出身のコピーライターって多いらしいんですね。建築を学んでいると、企画を立てて、自分でプレゼン資料を作って発表するのが当たり前。その一連のフローを、学生時代のうちに何度も何度も経験します。この訓練の積み重ねが、コピーライターの仕事との相性のよさを生んでいるのかもしれません」

自分の作ったものは、自分の言葉でその素晴らしさを伝えよう

エンジニア(作り手)が表に出てプレゼンテーションをする機会は多くない。高橋氏はそんな現状を危惧しながら、「エンジニアがもっと自分の作ったものを自分でプレゼンするべき」と主張する。
「社会的には、発表をした人に光が当たることが多いです。その舞台裏で、はがゆい思いをしているエンジニアは多いのではないでしょうか。『自分の作ったものが、どのように社会に受け入れられていくか』ということまで考えられていないと、いいプレゼンテーションはできません。それを考えられるようになることで、エンジニアとしてのスキルやモチベーションも相乗的に上がっていくはずです。いいものができたら、やっぱり作り手が心をこめて発表するのが一番ですよね」

高橋氏は建築学科にいたことで、プレゼンテーションの機会に恵まれていたからこそ、その重要性に気付けたのだろう。しかし、プレゼンの機会が少ない他の理系学生は、どのようにしてプレゼン慣れをしていけばよいだろうか。
「プレゼンテーションをせざるを得ないような場に出てみたりするのが一番の近道だと思います。IT系のデザインコンペティションなどに参加すると、優秀な方々の発表も見られるので、非常にいい経験になると思います」
これは的を射たアドバイスだと感じたが、コミュニケーション力に自身のない学生にとって少々ハードルが高いのでは……。そんなこちらの懸念を察したかのように、高橋氏は言葉を続けた。
「もっと簡単なところで言えば、YouTubeでスティーブ・ジョブスのプレゼンテーションを見るのもおすすめです。あれだけ人の心を動かせる言葉が出てくるのは、『ものを作った人自身が、責任を持ってそのよさを説明している』からこそだと思います。一生懸命に自分の作ったもののよさを主張するのは恥ずかしいことじゃないと僕は考えています」

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さまざまな領域でIT化がどんどん進み、技術に長けた人材へのニーズが高まり続けている昨今。その中でもビジネスの仕組みを理解し、自ら顧客を説得できるエンジニアやクリエイターは、かつてないほどの強みを得られるだろう。高橋氏の語る言葉は、これからの理系学生が持つべき姿勢のひとつを、強く示唆してくれた。

(取材・文:森祐介)

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