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2015/11/14 UP

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知恵が尽きても汗をかけ――電子工学界の若手ホープが語る“研究者に必要な理系マインド”

東大大学院の修士課程で優秀論文賞を受賞し、2015年には弱冠25歳で電子工学分野における画期的な新技術を開発。学会でも注目を浴びる若手研究者のホープ・松久直司氏は現在、博士課程のまっただ中だ。彼の属する電子工学の分野はもちろん、理系的な研究分野の全体を見渡しても、20代の大学院生が有用性の高い新技術を発見することは極めてレアなケースである。彼はなぜ、若くして結果を出すことができたのだろうか。新技術の発見に至った研究秘話のほか、どんな人が研究職に向いているかなど、理系の後輩に向けたアドバイスを伺った。


[ PROFILE ]

松久直司(まつひさ・なおじ)
1990年、兵庫県生まれ。2008年に東京大学理科Ⅰ類入学、2012年より東京大学工学系研究科電気系工学専攻修士課程、2014年より同博士課程へ進学。染谷研究室で、主に医療分野における有機デバイスの研究を行っている。2015年に「布地にプリントできる世界最高導電率の伸縮性導体」の開発に成功、研究成果がイギリスの論文誌へ掲載される。この技術は同年10月、経済産業省が主宰する「Innovative Technologies 2015」に採択され、“Industry”部門と“Human”部門で特別賞を受賞した。


医療にロボット、アイドルのコンサート……“伸びる”回路は夢を広げる

近年の技術の進歩はめざましい。携帯電話をはじめとするパソコンなどの情報機器や、工場の自動化といった工業分野での技術、医療器具やロボットなど……。こういった電気を使う器具すべてに関連するのが電気系工学だ。

現在、東京大学大学院で電気系工学専攻の博士課程に在籍する松久氏。染谷研究室に所属し、主に医療分野における電子回路などの有機デバイスに関する研究に励んでいる。

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2015年、松久氏が新たに発見・開発した技術は「布地にプリントできる世界最高導電率の伸縮性導体(伸縮性導体インク)」というものだ。一体どのような代物なのかと尋ねてみると、門外漢にもわかりやすいように、実演を交えて説明してくれた。

「わかりやすく言うと『ゴムのように伸ばしても電気を通すインク』です。これを布地にプリントすることで簡単に電子回路が作成できるんです。そして、このインクの最大の特徴は、印刷した布を伸び縮みさせても回路が壊れないところにあります。これまでの技術では、少し伸ばしただけでも回路が壊れてしまっていたんですよ」

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(伸縮性導体インクを用いて印刷した回路は伸ばしても壊れず、電球がついたままである)

既存の技術ではゴム製の布でも使えるほどの伸縮性を出すことは難しく、また可能だとしても高価な材料が必要だろうと見込まれていた。松久氏はこの技術を、手軽で安価な素材を用いて開発したことも、技術力とともに大きく賞賛されている。

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(伸縮前と伸縮後の状態を比較してみると、回路の耐久性がよくわかる)

この開発によって、具体的にはどのようなことが可能になるのだろうか。まずは染谷研究室の主眼である、医療分野での応用方法を尋ねた。

「たとえば医療や福祉の現場では、筋肉がどのくらい動いているかを計測するシーンがあります。その際、従来ではいくつもの筋電センサーを体に貼りつける必要があり、これに抵抗感を覚える人って多かったんですね。しかし、伸縮性導体インクが実用化できれば、センサーが印刷された服を着るだけで筋電が計測できるようになります。これにより誰でも簡単に計測が行えますし、センサーを体に直接貼らなくて済むので、患者さんに与える負担を大幅に軽減できると考えています」

ほかにもロボットやエンターテインメント分野など、さまざまな分野への応用できると松久氏は続ける。

「映画『ベイマックス』に出てきたような柔軟な動きをするロボットを作るには、それだけ柔らかい配線材料が必要になります。それにうってつけなのが、この伸縮性導体インクです。変わったところでは、音楽のコンサート衣装への活用できます。アイドルが暗闇の中、LEDのついた光る服で踊っていることがありますよね。電飾つきの衣装には複雑な配線が施されていて、その分重くなりますし、動きにくくもなります。ここでも伸縮性導体インクを使えば、回路をプリントした動きやすい服に仕立てることができます。伸縮性があるので、激しいダンスをしても回路が壊れるリスクは非常に低いでしょう」

ミスから出た真――ストイックな研究姿勢が発明の種を逃さなかった

大学院生であるうちに、新しい理論の発見、技術の開発に成功する例は極めて少ない。松久氏はどのような過程を経て伸縮性導体インクの開発に至ったのか。成功の要因を尋ねたところ、「本当に偶然の発見でした」と謙虚な言葉が返ってきた。

「幼い頃に剣道を習っていて、師範から『強くなりたければ“知恵を出す”か“汗を出すか”のどちらかだ。どちらも出せない者は道場を去れ!』と言われたことがありました。この言葉が今でも鮮明に心に残っていて。僕にとって地道に実験を繰り返すことは苦ではなかったので、ひたすら“汗を出す”研究を続けた結果、偶然の発見に恵まれたんです」

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インクの性能を上げるための研究に没頭していた松久さん。先行研究を参考にしつつも、これまでに使ったことのない材料の組み合わせ、異なる配分を手当たり次第に試し続けた。すると、ある日突然、従来の理論では説明がつかない現象が起こった……松久氏は発見当時を振り返りながら、目を輝かせて語ってくれる。

「その現象の原因を突き詰めていったところ、今回の伸縮性導体インクの生成の根幹を成す、新しい仮説に行き当たりました。実はこれ、もともと検証しようとしていた仮説とはまったく別物と言える部分での発見だったんですよ(笑)。予想外の産物ではあったものの、そこから世の中の役に立つ新しい技術を生み出すことができて、本当に嬉しいです」

理系分野において、仮説と異なる検証結果が出て、それが新発見につながるケースはほとんどない。仮説通りの結果が出なかった時に「ただの配分ミスだ」と片づけず、違和感を解消するために徹底的な検証を重ねる……そんな松久氏の“汗を出す”ことを惜しまないストイックさがあったからこそ、伸縮性導体インクは完成したのだろう。

好きな研究ができれば、自分の居場所はどこでもいい

業績を伸ばす”という明確な目標がある企業と違い、大学における研究生活のゴールは見えづらく、モチベーションが保ちにくくなることもあるだろう。そんな環境下で、松久氏が研究を地道に続けることができたのには、何か秘訣があるのだろうか。

「単純に、研究が肌に合っているんだと思います。人には向き不向きがあって、それぞれに社会の中での役割があるはずですよね。僕は、学部時代に親しかったコミュ力の高い友人たちと比べたりしたことで、自分の特性を客観的に把握できたなと感じています。なので、学部4年の段階ですでに『将来は研究職に就きたい』と考えていました」

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研究職とひとことに言っても、大学だけでなく企業の研究職という選択肢もある。そんな中でも、松久氏はあまり迷うことなく「大学に残る道を選んだ」と話す。

「僕は好きな研究ができれば、籍を置く場所は大学でも企業でもどこでもいいんです。ただ、現状では企業に勤める先輩方の話を聞く限り、自由にやりたいことができるのは大学の方だと感じていて。企業で柔軟に研究方針を変更するのは難しいでしょうし、とりあえず何を試そうにも承認が必要だったりします。僕がもし企業に行っていたら、同様のシチュエーションから伸縮性導体インクの可能性に気づけていても、その原因を突き詰めることは許されなかったかもしれません。その点は、大学に残って本当に進んでよかったなと思っていますね」

元祖“アキバ系オタク”の父に誘われた、理系の世界

ただただ自由な研究をしたい――この松久氏のピュアな理系魂の源流はどこにあるのか。一般的な日本の教育課程では、高校の段階で文系か理系のいずれかを“自らの意識”で選択することが多い。しかし彼の場合、幼少時から理系の洗礼を受け続けていたのだった。松久氏は「一番古い記憶は小学1年生の時ですね……」と、理系に目覚めた原体験を話し始めた。

「父親は電機メーカーの開発研究者で、元祖“アキバ系オタク”でもありました。父の趣味がアマチュア無線だったのですが、家族には理解者がいなかったようで……まだ幼かった僕に白羽の矢が立ったんです(笑)。休みの日にはよく父に連れ出され、気づいた時には毎週末に日本橋(大阪にある日本有数の電気街)のパーツショップに行くのが習慣になっていました。よくわからないスイッチとかトランジスタ、コンデンサに囲まれた光景を今でもうっすら覚えています。そこで父に工作キットを買い与えられて一人でいじっていたのが、僕の理系人生のスタートです」

物心ついた時にはすでに模型や回路に触れていたと言う松久氏。彼は、思春期にリアルタイムで電子技術の進歩を目の当たりにしていたことも、理系に向かう意識が高まった要因だと分析する。

「僕が中高生だった頃は、ちょうど携帯電話の進化するスピードがすごい時代でした。どんどん性能がよくなって新しい技術やシステムが積み込まれていくことに、強い驚きと興味を抱きました。新しい機能を見るたびに、いつも『これってどういう仕組みで動いているんだろう』と考えていて、そこから自然と『自分も新しい技術を作る側に回りたい』と思うようになっていましたね」

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汗をかき続けろ。仮説と検証の繰り返しこそが理系の本領

松久氏はここまで一直線に研究者への道を歩んできた。そして、これからもぶれることなく、研究者としてのキャリアを積み上げていくことだろう。しかし、大きな実績を上げた彼でも、日々の生活で不安を感じることもあるそうだ。

「今回は偶然にも成果を上げられましたが、これから自分の研究が思うように実を結ぶ保障はどこにもありません。それに、大学の研究職を希望しているものの、将来的にポストの空きはあるのかどうかも分かりません。先のことを考えると、少し心もとない気持ちにはなりますね」

それでも自分が研究にこだわるのはなぜか……松久氏がたどりついた答えは「心の底から研究が好きだから」というシンプルなものだった。

「最近、共同研究をしているアメリカ人の大学教授から唐突に『What you love is very important.』とアドバイスをもらって。僕はこの言葉にとても勇気づけられました。その分野の権威と呼ばれるようなトップランナーでも、結局は好きだから続けていられる。だから、自分の選択も間違っていないんだ……と確信できたんです。これから進路選択をする後輩にも、“心の底から好きで、どうしたってやめられないこと”ができる方向に進んでもらいたいですね」

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最後にもう一声、これから社会に出ていく理系学生はどんなことを意識していけばいいか、アドバイスをお願いした。すると松久氏は「ひたすら仮説と検証を繰り返すしかない」と言い切って、こう続けた。

「どんな専攻だとしても、理系に進んだ人たちは総じて“仮説を立てて検証することが得意な人”が多いと思います。たとえ“知恵を出す”ことに限界が来ても、“汗を出す”ことは自分の努力次第でどうにでもなります。失敗を恐れず地道に検証を続けることで、小さい成功体験を積み重ねてほしいです。そうすれば、僕のケースのように思いもよらない知恵が見つかるかもしれません。将来どんな仕事に就きたいかはっきりしていない人については……繰り返しになってしまいますが、まずは“汗を出す”モチベーションを自然と保てるような“心から好きなこと”を見つけてほしいなと思います」

新技術開発を「たまたま運がよかっただけ」と謙遜する松久氏だが、そんな偶然を呼び起こせたのは、彼が人よりも汗をかき続けたからだ。誰もが知っている当たり前の真理を体現している彼の言葉には、一つひとつに確かな説得力がこもっていた。

(取材・文/森祐介)

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