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2015/12/17 UPDATE

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好きなことを、いつまでも全力で取り組み続けたい ――CanSat開発のリーダーが語る、チーム研究の醍醐味とF1に馳せる夢

20年前なら、大学生にとって「人工衛星を宇宙に飛ばす」というミッションは、夢のまた夢のような領域であった。しかし2015年現在、日本国内だけでも10以上もの大学発衛星が打ち上げに成功し、大学生でも大人顔負けの成果を出せるようになっている。慶應義塾大学理工学部のメンバーで構成される「Team Wolve'Z」も、そんな宇宙開発に取り組むプロジェクトチームのひとつだ。このチームリーダーを務めるのが、制御工学・振動力学を専門とする波田野恭祥さん。「研究者として日本一を目指したい」と語る波田野さんはどんな思いを胸に宇宙に挑み、どんなキャリアビジョンを描いているのだろうか。


[ PROFILE ]

波田野恭祥(はたの・やすよし)
1992年東京生まれ。慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科、高橋研究室に所属。2006年に立ち上がった研究室内のプロジェクト「Team Wolve'Z」の現リーダー。


F1レーサーよりデザイナーの方が魅力的だと思えた瞬間、理系への道が開けた

波田野さんが理系の道に入るきっかけを作ったのは、F1好きだった父親の存在だった。父親と一緒にレースを見ているうちにF1の世界に憧れを抱くようになり、小さい頃は「カッコいいレーサーになりたい」と思っていたそうだ。しかし、ある日の父の何気ない発言を聞いて、波田野さんは新たな視点を手に入れる。
「いつものようにテレビでF1レースを見ている時に、父が『ほとんどのレースで優勝しているのは、エイドリアン・ニューウェイというデザイナーが作ったものだ』と教えてくれたんです。僕にとってその事実は衝撃的でした。それまではドライバーばかりに目がいっていて、“デザイナーがレーサーを勝たせている”なんて思いもしなかったので。それからレーシングカーのデザインやメカニックについて興味を持つようになり、工学分野にどんどんのめりこんでいきました」

レーサー志望から一転して「自動車のシステム設計やデザインに携わりたい」と思うようになった波田野さんは、慶應義塾大学理工学部への進学を決意。大学でさまざまな学問領域に触れるうちに、現在彼が専攻している「制御工学」という分野に出会った。
制御工学とは、簡単に説明すると「電気的な出力を自在に制御(コントロール)するための研究」をしている学問分野だ。この制御の技術が発展することで、機械製品全般の高性能化や自動化が押し進められる。ロボットのようなメカニカルシステム、家電のシステム、航空機・人工衛星、バイオシステムなど……制御工学が役立てられる領域は多岐にわたり、IoT(Internet of Things)化が進む現代社会において不可欠な学問であると言える。
波田野さんは大学2年の時に「倒立振子」と呼ばれる実験をしたのを契機に、いま専攻としている制御工学に関心を持ったと話す。かねてから自動車のシステムやデザインに思い入れがあった彼は、制御工学について知っていくうちに「この分野は自動車にも深くかかわってくるものだし、自分に合っているかもしれない」と感じ、専門的に学ぼうと思うまでに至った。

制御工学をより実践的に研究できる場所を探していた波田野さんは、2014年4月にシステムデザイン工学科の「高橋研究室」に入る。彼がこの研究室を選んだのにはワケがあった。それは、ここまでの大学生活の中で「知識だけでは超えられない壁」の存在を実感していたからだった。

「座学の授業で学んだことを活かして個人研究を進めていたんですが、理論通りにいかないことの方が圧倒的に多かったんです。そこから『もっと実践を積み重ねてトライ&エラーの中から学んでいきたい』という願望が強くなって。高橋研究室は宇宙分野の研究をはじめ、ロボット・自動車・スマートグリッドなど実践的な研究に特化しているラボだったので、僕は『ここなら自分の手を動かす機会が多そうだ』と思いました。また、高橋研究室は自らが扱う研究テーマ以外のことにも関心を持って、他の学生たちと意見交換や議論を行う人が多かったんです。自分の研究だけでなく、他人の研究にも触れられる研究室の環境も魅力的だと感じました」

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超小型衛星「CanSat」開発コンペで培えた、社会で不可欠な“ビジネスマインド”

波田野さんは高橋研究室に入って、初めて「CanSat」の存在を知る。CanSatANSATは地上用衛星実験機器で、空き缶サイズの容れ物の中に通信・GPS・姿勢制御の装置が組み込まれた立派な“超小型衛星”である。高橋研究室にはこのCanSatを開発しているプロジェクトチーム『Team Wolve’Z』があり、波田野さんは「大学生でも衛星を作れるのか」と驚いて、興味本位でこのチームに参加。そして、彼はどんどんCanSat開発に力を注ぐようになり、今ではチームリーダーを務めるほどに打ち込むようになっている。

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(『Team Wolve’Z』が制作したCanSat)

波田野さんの所属するTeam Wolve’Zは毎年、CanSatANSATの全国コンペティションである『AXELSPACE CUP』に参加している。AXELSPACE CUPの特徴は、数値的な指標などわかりやすい基準で優劣が決まらない部分にある。2015年大会では「CanSat技術を用いて新しいサービスを創出し、その実現性を実証せよ」というミッションが出され、参加チームはこのミッションの解釈から取りかかる。CanSatの技術を活かしてどのようなビジネスチャンスを生み出せるのか、それは現実的に成立するモデルなのか……サービスの発想力・企画力に加えて、報告書などの文章作成能力、プレゼンテーション能力までが評価の対象に入るのだ。まさに「宇宙分野のビジネスコンテンスト」と言っても過言ではないだろう。
「企業勤めの研究職では、いくら技術があってもそれがビジネスにならなければ、ものづくりを続けることは困難です。この大会では『社会的需要を考え、その目標を達成するのに必要な要求を分析・発表する』という社会で必要とされる思考プロセスをすべて体験できるので、とてもありがたい機会だなと感じています」

Team Wolve’Zを率いる波田野さんは「今年の2月頃からこの大会のための準備をしてきた」と、その思い入れの強さを語る。彼らはこの大会で、非常にユニークなビジネスモデルを提案している。
「ブレストを繰り返す中で、メンバーの1人から『ナスカの地上絵のような絵を描けるCanSatを作りたい』というアイデアが出てきたんです。『それは面白い!』と皆で盛り上がって、『掘削で絵を描けるCanSatを作ろう』と話がまとまりました。ただ問題は『“絵を描けるCANSAT”をどうやってビジネスに繋げるか』ということ。そこで思いついたのが、“月に絵を描く”というビジネスです」

皆さんは「月の土地が買える」ことをご存知だろうか。現在、月の土地はアメリカのルナエンパシー社という会社が合法的に販売している。しかし、この土地を買っても手に入るのは権利証だけで「月のあの部分が自分の土地だ」という実感はなかなか持ちづらい。そこで、Team Wolve’Zは「顧客の所有する月の土地に、彼らが希望した図柄をCanSatで描画する」というビジネスモデルを考案した。
「今、月の土地を所有している人は世界で130万人ほどいます。その土地に、自分の思い通りの絵が描けて、さらに写真を撮って人に見せられるようなサービスがあったら……きっと喜んでくれる人がいると考えました」

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※波田野さんのチームが作成したプレゼン資料は以下URLにて公開されています
http://cup.axelspace.com/blog/endtoend%E8%A9%A6%E9%A8%93%EF%BC%A0%E8%83%BD%E4%BB%A3%E5%AE%87%E5%AE%99%E3%82%A4%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%88/

Team Wolve’Z は11人のチーム(2015年9月時点)で、ハード開発とソフト開発の班に分かれている。波田野さんはハード班とソフト班のチーフと協議しながら、全体の指揮と進行管理をしている。彼はプロジェクトリーダーとして、どんなことを意識しているのだろうか。
「“チームとして目指している目標を確認・共有すること”は常に意識しています。プロジェクトが進んでいくと、部分的な完成度を求めるあまり視野が狭くなって、当初の目標からずれてしまうことが多々あります。そうした場合に『目指しているのはそっちじゃないよ』と冷静に軌道修正をしていくのは、全体を俯瞰しているリーダーの務めだなと。あとは、どこかで意見の対立が生まれた時に、間に立って情報と感情の交通整理するのも大事な役割だと思っています。僕はうまく立ち回ったりすることはできないので、なるべくメンバーのことをよく知ろうとして、場の雰囲気を盛り上げる役を買って出ているだけなんですけどね(笑)。たくさんの意見がぶつかる共同制作なので大変なこともありますが、その分思い通りのものができた時の達成感は、何にも代えがたいです」
チームで1つのものを開発する苦労に直面しながらも、そのプロセスを心から楽しんでいる波田野さん。こうしたプロジェクトを回す中で培われるコミュニケーション・ディレクション能力は、社会に出てからもきっと重宝されるはずだ。

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(CanSatの打ち上げ実験の様子)

目指すは世界で戦える“プロフェッショナル”、夢に向けた情熱は絶やさない

今はCanSatの開発に心血を注いでいる波田野さんだが、将来の夢は当初と変わらず心に秘め続けている。今後のキャリアビジョンについて聞いてみると、彼はキラキラとした表情でこう答えた。
「最終的な目標は『自分が作ったF1カーが世界一を取ること』です。そのためにも、まずはモーターやタイヤなどパーツの備品の開発研究者として自動車の世界に入り、何か1つの領域でもいいから“世界的なプロフェッショナル”になりたいと思っています。そのために必要なのは、常に自分の研究に情熱を燃やし続けること。そして、あっと驚くような発想力を持つことだと思っています」

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修士課程の1年生である波田野さんにとって、すぐ先に待っている「就職するか、ドクターに進むか」という選択は、人生の中でも大きな分岐点となるだろう。そのことについて彼に尋ねると、正直に胸の内を明かしてくれた。
「今は大会のことで頭がいっぱいで、まだ先のことについて考えられてなくて……(笑)。“プロフェッショナルになる”という目標から考えると、ドクターの道を進むという選択肢も魅力的だと感じています。でも現時点では、社会に出て働いてみたいという思いが強いです。だから、まずは制御工学が活かせる領域で、なおかつ自動車に関われる仕事に就けたらいいのかなと思っています。そこで十分な経験を積んでから、さらに自分の夢に近づける職種に転職していければと。あるいは、実務を積んでから再び大学に戻って学び直したいと思うかもしれません。いずれにしても、AXELSPACE CUPが終わったらドクターや社会人の先輩の話をたくさん伺って、その上でベストな選択をしていきたいです」

波田野さんの周りには、社会に出てからも成果を出し続けている先輩が多いそうだ。「成功している理系の先輩に共通する特徴などはあるか」という質問に、彼は少し考えてこう言った。

「本当に自分が好きなことに貫いている先輩が多い気がします。だから僕も、一番好きな自動車のしごとに携わって、それでお金をもらえたら本当に幸せだなって。僕は大学時代を通して『いつでも好きなことに全力で取り組んできた』ということは絶対的に誇れます。これからも、そんな誇りを持ち続けられるような道を歩んでいきたいです」

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誠実かつ真摯な姿勢で、自身のプロジェクトと将来を語ってくれた波田野さん。その言葉の端々には、絶対に譲れないものを持つ意志の強さを感じさせた。チームでの制作とトライ&エラーを楽しめる気概を持った彼なら、きっと素敵な、そして愛される研究者になれるだろう。

(取材・文:冨手公嘉)

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