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2015/12/24 UPDATE

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“楽な安定”はリスクでしかない――AgIC創業者が語る、これからの理系人材が持つべきキャリアコンパス

一般的に理工系の大学院を卒業した人は、研究実績が生かせるメーカーやITサービスの会社で働くパターンが多いだろう。AgICのCEOである清水氏はそんな定石に逆らって、卒業後にはコンサルティング・ファームであるマッキンゼー・アンド・カンパニーに就職し、2年後に独立して起業を果たした。前編(→「“回路を印刷・手書きできる技術”で未知の世界を描き出す――AgIC創業者が切り開いた、唯一無二のキャリアパス」)では清水氏のこれまでのキャリア変遷にフォーカスを当てた。後編では、同氏のエンジニア兼CEOとしての働き方のリアルに迫りつつ、「変動し続けるこれから社会で、理系人材はどう戦っていくべきか」という問題への考察を展開する。

AgICを立ち上げた清水氏は東大の情報理工学研究科で修士を取得後、コンサルティング会社に就職した経歴を持つ。大学時代に「機械、電気、化学」などさまざまな領域を研究しながら、理系学生の一般的な進路である大手メーカーなどには入らずに、コンサルティング・ファームへの就職を選んだのにはどのような理由があるのか……同氏のキャリアの変遷と思考に迫った。


[ PROFILE ]

清水信哉(しみず・しんや)
1988年生まれ。東京大学に入学後は大規模自然言語処理の研究を行いつつ、電気自動車製造サークルを創設し、設計・製造にもあたる。2012年、東京大学大学院情報理工学研究科で工学修士取得。同年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、主に製造業のコンサルティング業務に従事。2014年1月にAgIC株式会社を共同創業し、現在は同社の代表取締役社長を務める。


社員は便利な雑用係じゃない、一人ひとりに権限と“オーナーシップ”を

一般論として、エンジニアが起業して会社を経営する立場になると、ものづくりの現場に立つ機会は少なくなっていく。なぜならば、会社のトップとしてやるべきことが増えるからだ。社の経営方針の検討や資金繰り、社員に対するビジョンの共有やモチベーションコントロールなど、向き合うべき課題は日々山のように積まれていく。しかしながら、清水氏は多忙な合間を縫って時間を見つけては、自らも手を動かして開発に勤しむそうだ。現在8人の社員を抱えているAgICで、なぜ同氏はマネジメントに専念せず、他のエンジニアたちと同様に現場仕事に精を出すのだろうか。

「私の根本的な強みは、経営と技術の両方にまたがったスキルとマインドセットを持っていることだと自覚しています。少しでも開発の現場を離れてしまうと、技術の変化のスピードに追いつけなくなってしまうんです。常にフロンティアでいるためには、現場で手を動かしながら、新しい技術に触れ続けている必要があります。だからこそ、どんなに経営のタスクが重くても、製品の開発設計にはずっと携わっていたいですね。
ただ、自分が手を動かすことによって、社員がやるべき仕事を奪ってしまってはいけません。コアの部分の開発などは自身でやりすぎると、社員の成長機会を奪ってしまうことにもなりかねない。私が担当する実務はあくまで、“経営をやりながらでもできる独立した部分”だけにしています。最大の目的はあくまで、“手を動かし続けることで、エンジニアとしての魂を失わないこと”ですから」

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社長業もこなしながら、エンジニアとしての探求心を忘れないように努力を惜しまない清水氏。一方で、他の社員一人ひとりには常日頃から“オーナーシップ”のマインドを持つように呼びかけている。

「社長として意識していることは2つあります。1つは、できるだけ決定権を社員に渡すこと。『いちいち上に指示を仰がないでいいから、やりたいようにやってみていいよ』と声をかけていますね。もう1つは、仕事を細かい単位で渡さないこと。部分的な作業ばかりやらせてしまったら、プロジェクト全体をコントロールできる視座は育ちません。都合よく面倒な仕事ばかり押し付けるのって、外注の下請けと同じような扱いになってしまう。社員は一緒に働く仲間であり、これからの会社を支える同志です。だからこそ社員には一人ひとりに“自分の判断が会社を動かしている”というオーナーシップを持ってもらえるよう、いい意味でフラットな関係を築いていきたいです」

エンジニアが正当に評価される世の中に、まずは自分たちから

清水氏はAgICの躍進が世に広く認知される過程で、ともに伝えていきたい思いがあると話してくれた。

「私は、日本ではエンジニアの価値が過小評価されすぎていると感じています。シリコンバレーで働くエンジニアも大勢見てきましたが、日本のエンジニアが技術的に劣っているようには思えませんでした。にもかかわらず、報酬の水準は日本の方が圧倒的に低い。ただ、それにはエンジニア側にも原因があると思っていて。彼ら自身が“エンジニアのキャリアの選択肢は少ない”と思い込んでいるので、雇用側と対等な交渉ができていない現状がある。これから日本の技術革新を加速させていくには、エンジニアがもっと正当な評価を得られる社会に変えていく必要があるんです」

エンジニアの地位を向上させるために、まずは自らの会社でエンジニアに妥当な報酬を出せるようにしたいと話す清水氏。その上で日本発のハードウェア開発会社として成功事例になり、「エンジニアへの正当な評価が業績向上につながることを、身をもって証明していきたい」と語気を強める。

「1つ大きく成功した会社が出てこないと、なかなか後に続く人って出てこないと思うんですよね。シリコンバレーの歴史を見ても、元々はフェアチャイルドセミコンダクターという世界的な半導体メーカーができて、Google、Apple、Yahooなどビッグネームをはじめとする数多のベンチャーが後に続いていった。彼らがエンジニアの個性とスキルを尊重する姿勢を回りに示したことで、シリコンバレー全体に“会社がエンジニアを正当に評価する文化”、“エンジニアが自分自身を正当に評価する文化”が根付いていった。日本でも成功者が前例を作らないといけないですし、私たちもそうなれるように力を尽くしていきます」

リスクとは何か? スキルアップのない見せかけの“安定”に騙されるな

清水氏は会社員時代にアメリカへの海外赴任を経験し、現地のエンジニア学生と交流を持ったことで、エンジニアが持つべきキャリア思考を感じたと言う。そこで最も日本と違うと感じたポイントは、彼らが「たとえ起業して失敗しても、リスクなんてほとんどない」と考えていることだった。そして、清水氏もこの考え方には大いに賛同している。

「“大企業に入る方がリスクは低い”と考えるのは、“大企業が潰れない”という前提があるからですよね。今の時代、本当に“大企業は潰れない”って言い切れるんでしょうか。正直に言って、職を失うリスクはどんな会社に入ってもゼロではありません。ただ、肌感覚ですが……汎用性の高いスキルや応用力を持った優秀な技術者であれば、日本でお金に困ることはないと思っています。なぜなら、優秀な技術者はどんな会社でも求められているからです」

このご時世、大企業だっていつ経営危機に陥るかわからない。そこで潰れはしないものの、大量解雇などは現実的にあり得るだろう。そもそも、就職に際して語られるリスクとは、どのようなことだろうか。一般的には「途中で職を失う可能性があること」「お金を安定的にもらえなくなること」といったニュアンスが大半だと思われるが、清水氏は「チャレンジしないことこそが最大のリスクだ」と警鐘を鳴らす。

「大ざっぱな計算ですが、1回の挑戦に約5年が必要だと仮定しますよね。僕が会社を辞めたのは25歳の時で、そこから65歳まで現役で働くとすると、残された時間は40年間だったわけです。5年の区切りで言えば、僕に与えられた残りの挑戦は8回しかない。そう考えると『無駄な時間は過ごしていられないな』と切実に感じるんですよ。
一概には言えませんが、大企業では入社してすぐに、自分のやりたい仕事ができるとは限りません。それどころか、5年間くらいは雑用みたいな仕事ばかりで終わってしまうこともあると、同期から耳にしたこともあります。私は起業よりも、大企業で時間を無為に費やして挑戦の機会を潰してしまう方が、圧倒的にリスクだと思うんです。起業はたとえ失敗しても、そこで得たスキルや経験値が確かな力として自分に定着していれば、やり直すチャンスはいくらでも見いだせるはずです」

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「どこに行くか」は重要な問題ではない、磨いたスキルが人を自由にする

長期的に見れば「安定を求める≒挑戦しない」ことがリスクにつながると語る清水氏。これから理系分野の人材が強く生きていくためには、「自分の能力を磨くことが一番のリスクヘッジになる」と言葉を続けた。

「自分のスキルを上げていけば、キャリア設計の自由度も上がります。目先の安定に惑わされて、貴重な若い時間を無駄にしてはいけません。自分の好きな分野のスキル、これから社会的ニーズが高まりそうなスキルなど、専門や文理の垣根にとらわれずどん欲に吸収していくべきです。何より、新しいことにチャレンジして、新しいことを学習することは、いつだって単純に楽しいですから」

また、清水氏は日本企業の採用フローにも、少しずつ変化を感じている。

「硬直していると思われがちな日本の理系の転職事情ですが、最近は徐々にブランド志向が薄れてきたように見て取れます。大企業がベンチャー出身者を雇ったり、ベンチャー出身者が別のベンチャーに転職したりするケースも増えていて、今後もキャリアの流動性は確実に上がっていくと予想されます。これから就活に向かう理系学生には、『最初は絶対に大企業に入らなければ』という意識は持たなくても大丈夫だよ……とは、伝えたいですね。『どの会社に入るか』よりも、『どうやってスキルを伸ばしていくか』と考えた方が、将来性のあるキャリア選択ができるのではないでしょうか。その中で、私たちのような新興のベンチャー企業は、若くても任される権限は大きいですから、スキルアップのチャンスには恵まれていると思いますよ」

そして、清水氏は自らのスキルアップについて、未だどん欲な姿勢でいることを忘れていない。近い将来、大学に戻って学び直すことも視野に入れているそうだ。

「自分の人生の中で、博士を目指すタイミングがあってもいいかもしれないと、最近よく考えるんですよ。私は修士から直接上がるよりも、就職して社会経験を積んでから大学に戻って博士課程を取った方が、研究者としてのバリューを出せるのでは……と感じています。だって、大学の中にずっといる人間より、外の世界を見てきた人間の方が、より画期的で面白いアイデアを思いつきそうな気がしませんか?」

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コンサルティング・ファームで世の中を捉える力を身につけ、起業してから持てるスキルを遺憾なく発揮し、世界と渡り合える会社を作り上げた清水氏。その言葉は柔らかくも明快で、説得力に満ちあふれていた。大企業に入る、ベンチャーに飛び込む、起業する、そしてドクターを目指す……当たり前だが、万人にとっての共通解となる選択肢なんて存在しない。しかしながら、清水氏が示した「Where(どこに行くか)」ではなく「What(何を磨くか)」で考えるマインドは、理系の人材が道に迷った時の“キャリアコンパス”になってくれるだろう。

(取材・文/冨手公嘉)

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