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2015/12/24 UPDATE

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“回路を印刷・手書きできる技術”で未知の世界を描き出す――AgIC創業者が切り開いた、唯一無二のキャリアパス(前編)

「フレキシブル・エレクトロニクス」と呼ばれる領域で、世界をリードするベンチャー企業が本郷三丁目にある。AgIC(エージック)と呼ばれる会社だ。2014年1月創業のAgICは、これまでに1億円以上の出資を受け、「紙の電子回路」の開発・実用化に成功。この技術は広告や教育分野での活用が大いに期待されており、世界中から注目を集めている。

AgICを立ち上げた清水氏は東大の情報理工学研究科で修士を取得後、コンサルティング会社に就職した経歴を持つ。大学時代に「機械、電気、化学」などさまざまな領域を研究しながら、理系学生の一般的な進路である大手メーカーなどには入らずに、コンサルティング・ファームへの就職を選んだのにはどのような理由があるのか……同氏のキャリアの変遷と思考に迫った。


[ PROFILE ]

清水信哉(しみず・しんや)
1988年生まれ。東京大学に入学後は大規模自然言語処理の研究を行いつつ、電気自動車製造サークルを創設し、設計・製造にもあたる。2012年、東京大学大学院情報理工学研究科で工学修士取得。同年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、主に製造業のコンサルティング業務に従事。2014年1月にAgIC株式会社を共同創業し、現在は同社の代表取締役社長を務める。


紙を電子メディアに……アナログとデジタルを一体化させた、画期的な発明

まず「“紙の電子回路”とは、一体どんなものなのか」と尋ねてみると、清水氏は丁寧に説明してくれた。

「弊社が製品化したのは、市販のプリンタにセットするだけで電子回路を印刷できる銀ナノインクのカートリッジと回路用紙、手書きで用紙に回路を書き込める銀ナノインクのペンです。これらを用いれば、誕生日やクリスマスなどに渡すようなグリーディングカードを配線なしで光らせたり、壁に貼るポスターに電気を通してインタラクティブな仕掛けを組み込んだりすることが可能になります。実用面で言えば、今後は電光掲示板などに大いに活用してもらえると考えています」

従来の大型電光掲示板は、小さな基盤を大量に組み合わせる必要があるため、板の裏側では配線が複雑に入り乱れている。ここにAgICの技術を持ち込めば、フィルムに配線を印刷して貼り合わせるだけで必要な電子回路ができあがる。短時間で簡単に作成できることはもちろん、物理的にかさばらないことも大きな利点だ。清水氏は現時点の技術力で「1m×3mほどの大きな電子回路もフィルム上に作成することができる」と語る。

直近、AgICは電通グループと共同開発を行った。そこで生まれたのが、外部の刺激に反応して光ったり音を出したりする電子ポスター「ICPAPER」だ。アナログ(=紙)とデジタルが融合した画期的なこのプロダクトは、上海で行われたアジア最大級の家電見本市「2015 International CES Asia」に出展され、AgICの技術は海を越えて注目を集めた。会期中や終了後にも予想を超える反響が集まったことで、清水氏は「自社の技術に確かな将来性を感じた」と話してくれた。

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専門に固執しないことで、代替不可能な人材を目指す

現在は“電子回路印刷”というスペシャリティを持っている清水氏。現在まで一心にこの技術を磨いてきた……わけではない。大学時代からさまざまな分野に関心を持ち、「未知の領域を見つけては、専門を問わずどん欲に学習していった」と話す同氏。研究分野が分散することで、特定分野の“スペシャリスト”になりにくくなる……といったリスクは気にしなかったのだろうか。

「一般的に、理系分野においては“スペシャリスト”になることが重要視されていますよね。ただ、自分は幅広くいろいろな学問に触れることに、大きなデメリットは感じませんでした。むしろ、これからの社会では機械、電気、化学、経営、コンサル……などなど、幅広い領域の基礎知識と経験値を持っている人の方がが、代替不可能な人材になれると考えていました」

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在学中から起業に憧れを抱き、現実的にも検討していたと言う清水氏。しかし、卒業後にはすぐに独立せず、就職の道を選んだ。しかも行き先は、専門分野の知識を直接的に生かせるメーカーではなく、外資系コンサルティング・ファームであるマッキンゼー・アンド・カンパニーだった。

「修士課程を卒業した人の大半は、迷いもなくメーカーに就職しますね。私は、普通なら想像できないようなキャリアパスをたどった方が自分の市場価値を高められるし、未来の選択肢も広がるだろうと思ったんです。将来的に起業することも視野に入れていたので『コンサルティング・ファームで経営やビジネスを学ぶことで、起業のための予備知識をつけていこう』という思惑もありました」

とは言え清水氏も就職活動中には、メーカーとコンサルのどちらを選ぶか、最後まで迷ったそうだ。悩みぬいた末にコンサルの道を選んだことは「間違いなく正解だった」と清水市は断言する。

「エンジニアのキャリアパスは、2択でしか考えられていない人が多いと思います。『大企業に入って、そこで生涯勤めあげる』か、『とりあえず就職して経験を積んでから、大企業に転職する』……この2択です。私も少なからず『理系はメーカー』という刷り込みを受けていて、それを否定したかったんです。
マッキンゼーにいざ入ってみると、働く社員たちの“キャリア思考の柔軟さ”に驚きました。退職後にNPO法人に転職する人、独立して会社を立ち上げる人、大企業に行く人もいれば、はたまたお笑い芸人になる人までいます。同僚たちのフラットな価値観に触れたことで、私の視野は大きく広がりました。もしあの時、国内の大手メーカーに就職していたら、私の視野はどんどん狭まっていって、今のように起業なんてしていなかったかもしれませんね」

運命が動き出した、恩師との再会

清水氏がマッキンゼーのコンサルタントとして勤め上げたのはおよそ2年間。退職するまでの最後の半年間に、同氏はアメリカに渡ってボストンでの生活を経験する。この海外赴任が、清水氏にとって大きなターニングポイントとなった。

「アメリカでは、現地の大学の研究室とやり取りをする機会が何度かありました。そこでMITやハーバードの研究員と話をしたのですが、彼らは日本の学生よりも圧倒的に柔軟な思考を持っていて。将来のビジョンを聞いてみても、多くの学生が“就職”と “起業”をほぼ同列の選択肢として捉えていたんです。向こうには日本に比べて“失敗に対して寛容な社会”がちゃんと根付いています。だからこそ学生たちが『少しでも面白い技術やアイデアがあれば、失敗してもいいから起業してみよう』と思えている……とても素敵なマインドが育っているなと思いました。また、日本はマインドで遅れをとっているものの、技術力ではそれほど劣っていないこともわかって、余計にもどかしく感じましたね」

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日本には素晴らしい技術が数多く眠っているのに、なかなか世に出る機会が少ない――アメリカで過ごす日々の中で課題意識を募らせる清水氏は、徐々に “起業”に導かれていくこととなる。

現地の学生たちの熱にあてられて、マッキンゼーで働きながらボストン大学への短期留学を始めた清水氏。ここで同氏は、学生時代にお世話になっていた東京大学大学院情報理工学系研究科の恩師・川原圭博准教授と再会を果たす。2013年の10月頃のことだ。

「当時、川原先生はジョージア工科大学とマサチューセッツ工科大学のメディアラボの客員教授として在籍していました。私は大学内で『川原先生が“家庭用のインクジェット・プリンターを使って電子回路を印刷する技術”を研究している』というウワサを聞き、興味を持って会いに行ったんです。川原先生は快く私のことを迎い入れてくれて、電子回路印刷の技術についていろいろと教えてくれました。その話の中で『ビジネスに活用できないかと考えている』という言葉を耳にして、この技術で勝負できるんじゃないかと直感して……大学時代の友人で、スタートアップの経験のあった杉本(杉本雅明氏、現AgIC取締役)に声をかけ、川原先生と3人で起業の道を模索し始めました」

決断、即実行――起業から1年で世界を振り向かせる

清水氏のキャリアは、川原准教授と再会してから大きくうねり出す。3人で起業を決起した翌月には、私財を投じて「AgIC Print」の試作品を早々に完成させる。マッキンゼーの社員として働きながら、友人の繋がりを頼りに日本の投資家に会いにいき、面談のわずか15分で投資が決定。翌年2014年の1月には日本で「AgIC」の法人登記を完了し、マッキンゼーを退職してAgICのCEOに就任した。起業に向けてスタートを切ってから、わずか3カ月で十二分な基盤作りを成し遂げてしまったのだ。ここまでスピード感を持って事を進められたのは、コンサルティング・ファームで培った経営手腕や交渉力があったからに違いない。

起業後に3人が掲げた目標は2つあった。1つは、クラウドファウンディングサイト「Kickstarter」で製品を量産する資金を調達すること。そしてもう1つは、2014年3月に開催される「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」に出展し、IT分野に関心の高い参加者やメディア関係者に注目してもらうことだ。AgICはこれらも見事にクリアした。Kickstarter ではリリースして11分足らずで目標額を達成し、最終的には想定を大きく上回る約800万円の資金の調達に成功。それを元手にしてSXSWへの出展も無事に行うことができた。イベント終了後からは銀ナノインクとマーカーの製造を開始し、2014年秋には日米同時に製品の一般販売を開始。ここで弾みをつけて、2015年1月にはさらに1億円の資金調達が決まり……起業してからわずか1年で、AgICは世界が注目する気鋭のエレクトロニクス・ベンチャーへと成長を遂げたのだ。

スタートアップの階段を華々しく駆け上がってきたAgIC。現在は従業員数も増え、企業体として安定感も出てきたと話す清水氏。どんな時に楽しさを覚えるかと尋ねてみると、「可能性が広がっている今が一番楽しい」と笑顔を見せてくれた。

「大きな電子回路をここまで手軽に作れる技術を持っているのは、世界でも恐らく弊社だけです。私たちの後ろにはまだフォロワーがいない。だから、パイオニアである私たちが道を切り開き続けるしかない……スタートアップの経営者として、ものづくりに携わる1人の人間として、こんなに楽しいことはなかなかお目にかかれないだろうなと感じています」

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前人未到の領域を喜々として突き進む清水氏。話の端々から、世界で評価される若き起業家のすごみを感じさせられた。後編ではこれからのエンジニア、理系人材の目指すべき方向について、同氏の考えを伺っていく。

後編の記事はこちら→【“楽な安定”はリスクでしかない――AgIC創業者が語る、これからの理系人材が持つべきキャリアコンパス】

(取材・文/冨手公嘉)

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